過酷な環境が育てた輪島の漆器(Sankei Biz「職人のこころ」より)

 前回に続き、「職人のこころ」というテーマで産経新聞社さんのWebメディアに寄稿させて頂いたエッセーの要約を、本編のご紹介も兼ねて掲載します。

 今回は、合鹿椀(ごうろくわん)という昔ながらの庶民の漆器の魅力を再発見した輪島の漆器職人、故角偉三郎さんのこと。私自身、角さんにお会いする前から存在感ある角さんの作品が好きで、実際にいくつかのお椀を大切に使っていました。もう20年以上前のことになります。

 漆職人、故角偉三郎さんにお会いしたのは今から20年ほど前。北陸で始めた仕事がきっかけだった。ただ、角さんにお会いする以前から角さんの椀(わん)には出合っていた。
 強烈な印象の椀。今まで使ってきた繊細な漆とは違う。能登の力強い空気そのものをまとっている。合鹿椀と名付けられたその椀は手になじむ。どんな熱いものを入れても決して響かない。椀の中に入れられた汁物を丁寧に愛着もって食することができる。木地の厚さ故に冷めにくいのだ。
 椀の中で食べ物が笑っている。ゆらゆらと温かい汁の中で心地よくほほ笑んでいる。安心しきっている。喜んでいる。そんな気さえする。

SankeiBiz【職人のこころ】過酷な環境が育てた輪島の漆器(2018.3.7)

 能登の輪島塗といえば、繊細な沈金、蒔絵(まきえ)などが施され芸術にまで高められた漆器をイメージすると思うのですが、角さんの作品はそれとは逆の粗野で骨太な魅力があります。

 輪島は大陸の人が「倭の島」だと認識したところから、輪島と言われるようになったそうだ。「倭の島」はまさに日本の「ジャパン(漆器)」技術を生み出した。輪島塗とわたしたちが認識している漆器と角さんの漆器はどこか異質だ。角さんの漆器には輪島の土の匂いがする。

同上

 椀の口縁には木地に貼り付けた使い古しの麻布の生地の織り目が透けて残り、素手で塗りたくった漆は重厚感がありますが、両手で持って汁を啜ると何ともいえないしっくり感と満足感を身体で感じることができます。

 初めて会った角さんは昔からの知り合いのようだった。手元にある角さんの椀そのものの人柄なのだ。角さんを角さん足らしめた角さんの合鹿椀。旧柳田村の寺で古く使われていた椀。手にとると風土に息づいた漆の力強さを感じた。古びた椀に輪島の庶民の厳しい生活が形容されているようだった・・・

同上

 角さんの器の高台の裏には、シンプルだがとてもお洒落な、一目で角さんの作品とわかる印が施されていて、こういったセンスも角さんの作品の魅力の一つだと思います。漆器は使えば使うほど漆の透明度が上がり美しくなるといいます。あれから20年以上、我が家の角さんのお椀は確かにますます美しさを増しています。

 本編は以下のリンクからご覧頂けます。
SankaiBiz【職人のこころ】過酷な環境が育てた輪島の漆器 民俗情報工学研究家・井戸理恵子(2018.3.7)